丸亀への道(筑豊編)

勝利の翌日は目覚めも爽やか。
朝7:56発、大村線普通列車でまず早岐を目指す。
ちょうど通学時間帯で車内は女子高生の大群で埋め尽くされていた(ちとオーバーか)。
うみゅー、かわいい子はいるかのう、と品定めしているうちに二駅目の大村でみんな降りてしまったorz。

大村湾沿いに走る。海がきれい。




早岐から佐世保線に乗り換え、北九州のジャンクション・鳥栖へ。
JR九州の車両は普通列車でもデザインに凝っていて、乗ってて楽しい。それに比べてJR東日本は・・・



鳥栖駅で名物の焼売(しゅーまい)弁当を購入。鞠サポのみなさん、シューマイは横浜の専売特許じゃないんですよ!


鳥栖経由で久留米へ。ここから本日の乗り潰し対象である久大本線に入る。
途中の夜明駅で、日田彦山線に乗り換える。

夜明駅は、昔からの木造駅舎がそのまま残っている。柿の木と古びた駅舎。シブい。実にシブい。

写真左手に残っているのはひょっとしてチッキ(小手荷物)の台?

夜明駅から彦山駅までの間の山村風景が素晴らしい。


日田彦山線田川後藤寺駅へ。ここは筑豊。炭鉱節で町おこしを狙っている?
観光大使はなんと哀川翔だそうな。ある意味凄い。


ここからは、平成筑豊鉄道糸田線伊田線を乗り潰す。いずれも筑豊炭田の炭鉱線の生き残り。伊田線なんて、一両編成のディーゼル気動車が走るだけなのに、複線だったりする。昔は石炭輸送でさぞかし忙しかったのだろう。



香春岳は異様な山である。けっして高い山ではないが、そのあたえる印象が異様なのだ。
南寄りのもっとも低い峰から一の岳、二の岳、三の岳とつづく。
一の岳は、膿んで崩れた大地の傷口のような印象を見る者にあたえる。それでいて、なぜかこちらの気持ちに強く突き刺さってくる奇怪な魅力がその姿にはあるようだ。


筑豊は炭鉱地帯であると同時に、石灰石の産地でもある。かつては多くのセメント工場があり、その原料として削られた山々がその異様な姿をさらす。しかし、セメント工場の多くはすでに操業を止めているという。残っているのは麻生セメントぐらいか(前首相の一族が経営してますな)。



平成筑豊鉄道伊田線で直方へ。しばらく歩いてチンチン電車の駅へ向かう。直方駅前の商店街がちょっと面白そうだったが、予定が詰まっているので今回は素通り。
筑豊直方駅から、黒崎駅前まで、筑豊電気鉄道チンチン電車で移動。オイラ、車両には詳しくないんですが、旧式の駆動方式を使ってるんだそうな。たしかに、振動が独特である。
車掌さんは昔ながらの黒いガマ口を下げている。
車掌はずいぶん若い人だなあ、と思ったら、この会社、車掌のうちは契約社員で、運転手の資格を取ると正社員に登用するというカースト制度社員のモチベーションを刺激する制度を採用しているとのこと。


黒崎駅から八幡駅へ移動。ここから徒歩。というか登山。目的地は・・・・

帆柱ケーブルです。乗り潰しの対象は「鉄道事業法もしくは軌道法に基づく許可を受けて営業している」路線とするのが鉄オタの間では一般的(だそうだ)。つまり、ケーブルカーも含まれるのです(旅館が宿泊客用に運用しているものは除く)。こういうとき、カメラを持っているといいカモフラージュになる。JRは、オイラのような乗り潰しを試みるアホな客に慣れているが、ケーブルカーあたりは、「乗り潰し?ハア?」という反応をされることがある(だって、登ったら、折り返しですぐ降りるんだもんねえw)。こういうとき、「写真を撮るんです」という顔をしてると、職員はニコニコしながら絶景ポイントを教えてくれる。この路線、名前は「帆柱ケーブル」なんだが、実際に登るのは帆柱山の隣の皿倉山

絶景なり。こうしてみると、関門海峡ってほとんど川ですね。

夕暮れの北九州一帯。



スロープカーなんてものにも乗ってみた(これは乗り潰し対象外)。


山を下りて、八幡駅へ戻る。ホームで今チャン激似の若者に遭遇。まさか・・・
八幡から、福北ゆたか線で今夜の宿、新飯塚へ移動。このあたり、麻生前首相のおひざ元で、麻生一族経営の施設が多い。現代でも地方豪族は健在なり。
「首相のお膝元」なんて駅スタンプがあるかと期待していたがw、そんなもんはなかった。
ま、そのうち「藤澤亮子(昔の真央ちゃんを彷彿とさせるジュニアフィギュアスケーター)のお膝元」になるでしょ。


明日は、平成筑豊鉄道の残り・田川線経由で大分へ、そこから久大本線の残りを乗り潰し、今日乗ったばかりの日田彦山線を使って小倉へ移動する予定。で、丸亀にはどうやっていくの?